吃音コラム
今月は先月に引き続き幼児期の吃音をテーマに、具体的な治療・指導方法について取り上げていきたいと思います。
1.鑑別診断
幼児期に限らず、また吃音に限らずまず治療に先立って行わなければならないのは【鑑別診断】です。特に幼児期は言語発達の過程にあり言語能力が不安定で、吃音症状も変動性があります。
基本的には臨床場面においてクライアントの発話の様子から吃音の症状が見られるか否かで判断することとなりますが、前述した通り、症状は変動し、臨床場面で症状が現れないことも珍しくありません。したがって、臨床場面での観察だけではなくご両親から見た家庭での発話の様子なども含めて判断する必要があるといえます。
客観的な吃音児の鑑別としては、音や音節の繰り返し、音の引き伸ばし、語の途切れが、100語に対して3%の非流暢性以上を吃音あるいは流暢性に懸念があるとする研究があり、現在国内では改訂吃音検査法が鑑別に用いられることが多いです。
2.指導目標
幼児期の吃音治療の目標として、“自然な流暢性の獲得”“コントロール可能な流暢性の獲得”の2つが挙げられます。自然な流暢性の獲得とは、意識することなく、いつでも流暢な発話が可能であること、コントロール可能な流暢性の獲得とは、流暢な発話ストラテジーを用いることにより
流暢な発話が可能であることをいい、後者は状況によっては症状が残存しますが、随伴症状や苦しいブロックなどの消失を目指します。どちらを目標として設定するかはクライアントごとの重症度や環境等により変わってきますが、どちらにも共通することは「発話に前向き・積極的になること」であると私は考えます。私は中学生以降に吃音治療を受け、今では流暢な発話ストラテジーを用いればある程度流暢に発話することができますが、極度に緊張する場面や苦手とする場面では今でも非流暢性が現れます。しかし、私は人と会話をすることが好きですし、生活上で大きく困ることもありません。でももし幼児期の体験から話すことに対して恐怖心を抱いたり消極的になったりしていたら、いくら発話の流暢性が改善していても良好なコミュニケーションは取れていなかったかもしれないと思います。治療・指導目標はそれぞれの状況なニーズにより変化しますが、良好なコミュニケーション態度の獲得がどの場合にでも共通する目標となるのではないでしょうか。
3.指導方針とアプローチ
幼児期の吃音の指導方針は大きく2つ“発話に対するアプローチ”と“心理面に対するアプローチ”が挙げられます。発話に対するアプローチでは子どもに多くの流暢な発話体験をさせること、心理面に対するアプローチでは吃音や自己に対する否定的感情を持たせないようにすることを目指します。そのための介入方法として今回は【両親へのコミュニケーション環境調整の指導】【子どもへの流暢発話体験の促進】の2つを取り上げます。前者は吃音児本人ではなくその周囲の環境に働きかける間接的介入、後者は吃音児本人に働きかける直接的介入にあたります。
4.環境調整
幼児期の吃音に対する代表的な介入方法が環境調整です。児のコミュニケーション環境、特に両親に対する介入が吃音症状の軽減に大きく影響するとされています。具体的には
①子どもの状態の評価結果のガイダンスと吃音に関する正しい知識のガイダンス
②STの発話モデル提示と両親のコミュニケーション指導
③家庭での様子・症状の変動のきっかけの把握と解説
④両親が自身で改善の手応えを感じる
これが環境調整のおおまかな流れです。この環境調整の最大の目的は【望ましいコミュニケーション環境】を整えることにあります。では吃音児にとって望ましいコミュニケーション環境、そしてそれをを整えるために具体的に必要なことはなんでしょうか。望ましいコミュニケーション環境を一概に言うことは難しいですが、その環境にあって欲しい項目をあげるならば
・受容的であること
・肯定的、褒め上手であること
・ゆっくりとした発話
・遊びを見守る姿勢
・沈黙が許される
・質問が少なく子どもの発話にコメントをする
・短い文、簡単な語彙での会話
などがあります。
ではそのような環境に整えるためにできること、それは⑴時間的プレッシャーを少なくする⑵言語的要求を下げる⑶否定的な態度を避ける⑷環境的要求を下げる ことです。
⑴時間的プレッシャーを少なくする
時間的プレッシャーとは、子どもが自分のペースで話すことを許されず、急いでせかせかと話さなければならない状況下にあることをいいます。このプレッシャーを少なくするためには、
・発話速度を下げ、子どものペースに合わせる
・適度に間をとりながら応答する
・子どもの話の途中で口を挟まない
・競争で話すような発話習慣を避ける
・忙しそうに話を聞くことを避ける
などがあります。兄弟がいる場合には自分の話を聞いてもらうために急いで話さなければと感じてします場合があったり、また家事を忙しくしながら子どもの話を聞いているとどうしても適当な受け答えになってしまう場合があったりします。そのような場合は、兄弟1人1人順番に話を聞いてあげたり、忙しい場合には、別にゆっくりと話を聞いてあげる時間をとることを伝え、時間的余裕がある状況で話を聞いてあげることが有効です。
⑵言語的プレッシャーを減らす
幼児期は言語発達の途中であり、語彙力や表現力などの言語能力には大きな個人差があります。言語学的複雑さは吃音の症状に影響を与える要因でもあり、子どもと会話をするときには
・簡単な言い回し、語彙を使用する
・長い文、複雑な構文を避ける
・質問の数を減らす
・Why,Howなどの難しい質問は避ける
・無理に説明を求めない
などのことに気をつける必要がります。例えば子どもに食べたいものを聞く際に「なに食べたい?」ではなく「◯◯食べる?⬜︎⬜︎食べる?」というように子どもが簡単に答えられるような聞き方にするだけでも子どもにとっての言語的プレッシャーは軽減されます。
⑶否定的な態度は避ける
自分の子どもの話し方に違和感を覚えると、どうしてもその話し方を指摘して注意してしまうかもしれませんが、これは避けなければなりません。子どもの発話に対して否定的な態度をとるとそれが子どもの発話やコミュニケーション態度に悪影響を及ぼす場合があります。
子どもと会話をする際には、例えひどく吃症状が出ていても
・受容的な態度を表現する
・話し方ではなく内容に注目して聞く
・症状が現れた時に心配そうな顔をせず、子どもに内容が伝わったことを、楽な発話でもう一度
繰り返してあげる
ことなどを実践することが大切です。一番身近なコミュニケーション相手である親に、自身の発話を受け入れてもらえないことは子どもにとって大きな傷となり、逆に受け入れてもらえていることを感じられればコミュニケーション態度は良好となり、その後の治療にも良い影響を与えます。
⑷環境的要求を下げる
幼児期の子どもは感受性が高く、吃音の症状も様々な要因の影響を受けます。そのため発話時以外の生活上の負担が子どもの吃症状に何かしらの影響を与える可能性があります。子どもがストレスを感じることなく伸び伸びと過ごせるよう
・時間的にゆとりのある生活リズムを送る
・毎日短時間でもゆっくりと子どもと関わる時間をつくる
・疲労させすぎない
・親類の前で挨拶させるなどを強要しない
・成功体験を増やし、自己肯定感を感じさせる
・感情をオープンに表現できるようにする
などのことを日頃から意識しておくことが重要です。
以上、環境調整の上で必要なことを挙げてきましたが、環境調整はご両親にとって決して簡単なものではなく、負担となることも少なくありません。STは家庭環境を十分に考慮した上で、ご両親と十分に話し合い、お互いが納得した上で子どものための環境を整えていく必要があるのではないでしょうか。
5.流暢発話体験の促進
子どもに直接STが介入する方法として、楽な発話モデルの獲得を目指した流暢発話体験の促進が挙げられます。幼児期の場合、STと子どもとの遊びを通じてSTの発話モデルの自然な模倣を期待し、得られた自然な模倣を強化することで正常な流暢性の発話の習得を目指します。具体的な方法はSTにより異なる場合が多いですが、近年、オーストラリアで盛んに行われている介入方法であるリッカムプログラムが日本国内でも注目されており、実際にいくつかの治療機関で実践されているようです。リッカム・プログラムとは、オーストラリアのシドニー大学のOnslow博士らが開発した吃音がある子どものための治療プログラムで、行動療法に基づいています。これを実践するには講習会に参加しトレーニングを受けることが奨励されているためまだまだ国内の実践されている治療機関、STは少ないですが、国内でも講習会が行われており、今後このリッカムプログラムが盛んに行われるようになるかもしれません。
以上、幼児期の吃音に対する治療・指導について取り上げてきましたが、何より大切なことは子どもの発話に対する自身を持たせ、良好なコミュニケーション態度を育てる事、そしてそのためにはご両親の協力が必要不可欠であるということです。当クリニックにも多くの幼児さんがいらっしゃいますが、お子さんへの直接的な介入はもちろん、ご両親への指導や、通園されている幼稚園、保育園への協力要請等も行っております。介入することで高い治癒率も期待される幼児期ですが、そのためには周囲の協力がなくてはならない、これが成人期以降の治療・介入との大きな違いではないでしょうか。
次回は学童期~思春期の吃音を取り上げたいと思います。