吃音コラム
第6回目となる今回は『成人期の吃音』についてです。
これまでに幼児期、学童期、思春期と各発達段階・ライフステージごとに吃音の症状と支援についてみてきましたが、今回がその最後となります。
【成人期の吃音の特徴】
成人期はほとんどの場合、進展段階は第3層、4層にあり、主な発話症状である繰り返し、引き伸ばし、ブロックだけでなく、随伴症状や言い換え、逃避行動が目立つようになり、さらに発話以外の問題として、話すことへの恐怖感の増大、心理的不安定さ、就業等の社会生活を送る上での問題など、吃音者が抱える問題は1人1人多種多様なものとなってきます。
成人期の吃音の特性としてBloodsteinは、吃音頻度に影響を及ぼす要因を以下のように挙げています。
・自分の発言に負担を感じる程度
・吃音に対する聞き手の反応、予想される反応
・会話場面における注意転換の量、強さ、その性質
・良い印象を与える必要があるか否か
・暗示
・身体的緊張
・話さなければならないと思ってから、実際に話すまでの時間の長さ
・吃音と結びついたきっかけの有無
このように、吃音者が話をする際の周囲の環境や自身の状態によって症状は影響されるというのは成人期だけのことではありませんが、幼児期~学童期~思春期~成人期と成長していくにつれて直面する状況というのは様々になっていくため、成人期の吃音において上記の要因がもたらす影響は大きいのだと考えられます。
また、成人期の吃音の特徴としてもう1つ特筆すべき点は、発話症状そのもの以外の問題点を多く抱えていることが多い、ということです。前述しましたが、成人期の吃音者は長年の吃音を伴う経験により、話すことへの過剰な恐怖心を抱いていたり、過度なストレスから精神的に不安定であったりするケースが少なくありません。近年では吃音と社交不安障害の関連についての研究や報告もあり、発話そのものだけの問題ではなくなってくるというのが大きな特徴のひとつでしょう。それに伴って、成人吃音者への支援、訓練も、その他の時期のものとは異なるアプローチも多く取り入れられます。
【成人期の吃音に対するアプローチ】
成人期の吃音に対するアプローチは小児に対するものと異なり、発話に直接アプローチする直接法がメインです。その中でも現在多くのSTが行っているものが統合訓練です。
従来の吃音に対する直接的なアプローチは、①発話時の過緊張を軽減させ、リラックスした楽な軽い吃音へと修正を図る②コミュニケーションにおける、否定的態度を軽減・消去する という2点を目的とした吃音緩和法(Stuttering Modification)と、①発話パターンの変更②自発的な、またはコントロールされた流暢性の獲得を目指す という2点を目的とした流暢性形成法(Fluency Shaping)の2つでしたが、現在行われている統合訓練はこの2つを両方とも取り入れたもので、吃音者のコミュニケーション行動と吃音観の変化を目標としています。具体的な訓練内容については回を改めたいと思います。
またこの統合訓練に加えて、場合によってはカウンセリングや弛緩法、マインドフルネス(呼吸法)、認知行動療法なども合わせて行われます。現在成人の吃音の訓練を行っている医療機関は数少ないですが、さらにその中でSTと臨床心理士が協力して訓練を行っているケースはごくわずかで、これらの心理療法的介入もSTの訓練の一環として行われていることが多いです。私個人の意見としてはSTが弛緩法や認知行動療法を行うことには反対なのですが…。もちろん、吃音に関する不安を聞いて助言をする、という内容でのカウンセリングを行うことはSTとして行う業務の一環であると思いますが、それ以外のいわゆる心理療法と呼ばれるものは、きちんと教育と訓練を受けた専門家が行うべきだと思うのです。なので、今後は吃音の専門知識を持った臨床心理士などの専門化が増えていくことを期待しています。
成人期の吃音の訓練の特徴としてもう1つあげられることは、その人が実際に直面している場面を想定した訓練を行うことが多い、ということです。具体的は、たとえば職場で電話をかけることが多いが苦手で困っている、という方の場合は、訓練室で電話を使った練習を行います。私も電話が苦手だったので実際に担当のSTの先生と電話を使って練習したり、少し特殊ですが、臨床実習にむけてSTの先生に患者さん役になって頂き、言語検査を行う練習などもしました。ここで大切なことは、訓練室での流暢な発話を実生活に汎化させる、ということです。訓練を始めたばかりの段階では統合訓練により、流暢な発話方法・スキルの習得を目指します。しかしここで流暢な発話を習得できたとしても、普段の生活でもその通りに話せるとは限りません。スポーツに置き換えても、練習ではバンバンとシュートを決められてもいざ試合となると上手くいかないということがあると思います。言語訓練もスポーツの練習も、試合つまり実生活で上手くいくことを目的に行うわけですから、そのためには訓練で得たスキルをより実践的な環境で発揮できるようなトレーニングを重ねる必要があります。これはその人の年齢や職業、また得意・不得意な内容によって様々な場面が想定されるため。それぞれのニーズに沿った訓練内容を立案し、実施することが重要となります。
私自身はまだほとんど臨床経験が無いために非常に一般的なことしか書くことができませんが、訓練に関心を持っていただけると幸いです。このコラムを読んで実際に訓練を受けてみたい!と思われた方は是非当クリニックへお問い合わせください。
【参考文献】
・エビデンスに基づいた吃音支援入門 菊池良和著 学苑社2012
・北里大学医療衛生学部講義資料
・吃音 アドバンスシリーズ コミュニケーション障害の臨床2 協同医書出版2001
・吃音の基礎と臨床 -統合的アプローチ- バリーギター著 長澤泰子監訳 学苑社2007