吃音コラム
前回は就職活動において「吃音」が及ぼす影響について、「企業」「吃音者」それぞれの立場から考えてみました。どちらにとっても不利益を及ぼしているというのは明確ですが、ではそれをどのように改善していくことができるのでしょうか。今回は「ST」の立場から「企業」「吃音者」のそれぞれにどのような働きかけができるのかを考えてみたいと思います。
《STから吃音者へ》
STが就職活動を控えた吃音者へできることは何でしょうか。これは直接的な介入が可能であると思います。就職活動で苦難に直面している吃音者の多くは面接で失敗してしまうことへの恐怖、また失敗による自身の喪失などの問題を抱えています。そんな彼らにSTができる直接的介入は多岐に渡ると思います。その中でもまずは症状の軽減を目的とした言語訓練が挙げられます。効果の程度は個人差があり、症状を完全に消し去ることは現状では極めて困難です。しかし、面接時に最も困るであろうブロックの症状や随伴症状を軽減することは可能です。また、吃音に限らず言語訓練は個々の努力が必要であり、訓練に対する意欲、モチベーションは訓練効果に大きく影響します。就職活動に向けて少しでも症状を改善したい!という強い意志は言語訓練の効果を高めるモチベーションとしてはとても大きく、訓練を開始するのには適した時期であるとも言えます。また、面接時に必ず行われる自己紹介は吃音者の多くが最も苦手とする場面ですが、特定の場面を想定した訓練は可能であり、効果もあるとされています。
また、すでに就職活動で吃音のために失敗をした経験があり、面接に対する恐怖が強い場合には、言語療法と合わせて認知行動療法を行うことも有効であると思われます。吃音の言語訓練の効果は訓練室と日常場面では乖離があることがほとんどで、訓練室での流暢な発話を日常に汎化させることが非常に重要です。普段訓練を担当しているST以外の人に協力してもらい、より実際の面接場面に近い状況で練習を積むことで訓練効果を汎化させる効果も期待され、またその中で面接に対する恐怖心も軽減することが可能なのではないでしょうか。
状況は異なりますが、私は学部生時代に付属病院でSTの訓練を受けていました。その際は日常の発話に対する訓練というよりも、4年時に行われる臨床実習に向けての訓練を行ってもらいました。臨床実習では実際に患者様に対して言語検査を行ったり、訓練を行う必要があります。検査では標準化されたマニュアルに従って教示をする必要があり、これが吃音者である私には非常に困難なものでした。ですので、訓練では実際の検査キットを用いてSTの先生に患者様の役をしてもらい、教示を出して検査を行う練習をしました。その甲斐あって臨床実習ではなんとか検査や訓練を行うことができ、今でもその成果は私自身の大きな自信となっています。また、私は飽きっぽい性格なのですが、臨床実習という何としてもクリアしなければならない目標があることで訓練のモチベーションを維持することができ、結果的には日常での発話の流暢性全般を向上させることができました。この私自身の経験からも、就職活動に向けた言語訓練を行うことは非常に有効であると考えています。
《STから企業へ》
では、STは企業に対してはどのような働きかけができるのでしょうか。これは非常に難しいことです。すでに吃音者が就職している企業に対し、その吃音者への配慮・理解を求めることは可能だと思います。しかし、現時点で吃音者を採用していない企業に対し、吃音への配慮・理解を求めることは、ST1人でどうこうできる問題ではないと言えます。ではSTはなにができるか。まずは多くのSTが吃音への関わりを持ち、社会全体への啓蒙を積極的に進めていくこと、また、企業研修として吃音だけではなく、近年注目されている、大人になってから気づく発達障害等への啓発活動を行うことで吃音への理解を求めていくことなどが挙げられます。このためには、STが病院などの医療機関だけではなく、より幅広く社会と関わっていく必要が出てきます。日本ではSTの認知度がまだまだ低く、同時に「見えない障害」である言語障害の認知、理解は他の先進国と比べ遅れています。企業側への個別の理解を求める、というよりも長期的なスパンで社会全体への啓蒙を進めていくことが、就職活動に困る吃音者への支援にも間接的につながるのではないでしょうか。
個別の対応は当事者への直接的介入で対応できることが多く、STがきちんとニーズを把握した上で適切な訓練を行えば問題の多くを解決できるはずです。そのためにも吃音臨床を行うSTが増えること、また医療機関に相談すれば対応してもらえる、という認識が吃音者のも広がることが必要なのではないかと思います。