吃音コラム
今月より毎月吃音に関するコラムを掲載していきます。執筆は当クリニックスタッフの
矢田が担当いたしますのでよろしくお願い致します。私は昨年2月に言語聴覚士の免許を取得し、今年4月より首都大学東京人文科学研究科に進学予定で、私自身が吃音者ということもあり、早坂先生のもと吃音について勉強中です。一人でも多くの方のお役に立てるコラムを書いていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。
掲載内容は以下のように予定しています。
⑴吃音の基礎知識
⑵幼児期の吃音と両親①
⑶幼児期の吃音と両親②
⑷学童期~思春期の吃音
⑸吃音のカミングアウトについて
⑹成人期の吃音
⑺吃音と障がい者手帳
⑻吃音者の就職活動
⑼吃音の原因論
⑽吃音の脳科学
⑾吃音の心理的側面と性格傾向
⑿吃音といかに向き合うか
さて、第一回は“吃音の基礎知識”をテーマに、吃音の基本的なことをお伝えしたいと思います。
1.吃音とは
吃音を一言で説明することは難しいですが、WHOでは「話者は、自分が何を言いたいか知っているが、不随意に生じる繰り返し、引き伸ばし、発生の停止のために言うことができないような発話のリズム障害」と定義されており、またDSM-IVでは「正常な会話の流暢さと時間的構成の困難があり、学業的または職業的成績、または対人意志的伝達を妨害している」と定義されています。この2つから言えることは、吃音とは①発話の流暢性の障害である②発話の非流暢さのために学業や職業、日常生活において不利益を被る ものであるということだと思います。私個人としては後者が非常に重要であると考えているのですが(後日掲載します)。
吃音には大きく分けて、幼児期に明らかな原因なしに発症する“発達性吃音”と青年期・成人期に発症する“獲得性吃音”があり、主に吃音といわれているものは前者の発達性吃音です。後者の獲得性吃音は、脳血管障害や頭部外傷などが原因となる神経原性吃音と、心理社会的原因があり発症する心因性吃音に分類されます。
2.発達性吃音についての事実
発達性吃音を含め、吃音症はその原因や治療法について様々な見解があり、決定的なものは未だ確立されていません。しかし、世界中の様々な研究により吃音症について様々な事実が明らかとなっています。今回はその一部をご紹介します。
⑴有症率と発症率
吃音の有症率及び発症率については国や地域ごとに多少の違いはあるものの、発症率は
約5%(Andrews1983,Mansson2000)、有病率は学齢児の1%程度(Bloodstein1995)
とされています。
⑵発症時期と男女比
発達性吃音は基本的に2歳から4歳に発吃することが多く(95%が4歳まで Yairi)、ほとんどが7歳未満で発吃する。
⑶自然治癒
発達性吃音は発症後その7割程度が自然治癒するとされています(Yairi&Ambrose1991,
Bloodstein1995,Kloth1999,Mansson2000)。
⑷吃音と合併症
吃音児の約6割は何らかの合併症を持っているとされており(Blood2003)、なかでも
構音障害の合併率が高い(33-45%)と言われており、これは非吃音児の約2.5倍です。
そのほか、ADHDやPDDの合併も多く報告されています。
⑸吃音の原因
吃音の原因については世界中で様々な研究が行われてきましたが、未だ結論は出ていません。吃音の原因論については第9回にて詳しく書いていきますが、今回は現在までに報告されている原因論を簡単にご紹介します。
①遺伝研究
遺伝研究は1960年代頃から行われ、家系調査(Yairi1997)やDNAの分析(Cox&Yairi)により、吃音は遺伝の影響を受け、持続する吃音には染色体13番、発吃には2番と9番、
女性には21番が関与することが示唆されています。
②脳・神経生理学の研究
1920年代は利き手研究から大脳半球優位説が提唱され、吃音に左利きや両利きが多いとされていました。しかしこれは近年の研究で、吃音者と非吃音者で利き手に有意な差はないとされています。1930年代からは脳波の研究や近年では脳画像による研究が盛んに行われるようになり、国内の研究では近赤外分光法を使用して脳の側性化の検討が行われ、吃音児者は側性化がはっきりしないことが示唆されました(佐藤・森2004)。
③発達的・環境的・学習的要因
発達及び環境の要因については、吃音は正常な非流暢性を親が吃音と考え、そのように対応したために起こったとする“診断起因説(W.Johnson 1940)”や、子どもの能力と自ら課したあるいは外から求められたスピーチの要求の不釣り合いで発吃し、進展するとする“D-Cモデル(要求能力モデル)(Starkweather&Gottwald&Halfond 1990)”などが提唱されてきたが、近年は〝原因は一つではなく、複数の要因が重複、影響しあって生起し進展する〟とする“CALMS Model(Healey 2003)”が主流となっています。
以上、吃音の基本的な知識についてまとめてみました。吃音の治療や原因論の詳細等については機会を改めて掲載したいと思います。質問・疑問等ございましたら当クリニックまでお問い合わせください。
【参考文献】
・エビデンスに基づいた吃音支援入門 菊池良和著 学苑社2012
・北里大学医療衛生学部講義資料 原由紀
・吃音 アドバンスシリーズ コミュニケーション障害の臨床2 協同医書出版2001
・吃音の基礎と臨床 -統合的アプローチ- バリーギター著 長澤泰子監訳 学苑社2007
1ヶ月ぶり、第2回目のコラムとなりました。今月と来月は幼児期の吃音をテーマに、
今月は幼児期吃音の特徴、来月は幼児期吃音の治療と実際、さらに吃音児のご両親について書いていきたいと思います。
【はじめに】
発達性吃音のほとんどは2歳〜4歳でその症状が現れやすく、当クリニックにもお子さんの発話が気になり相談にいらっしゃる親御さんが多くいらっしゃいます。幼児期は言語発達、つまりことばの成長が著しい時期であり、親御さんが自分のお子さんのことばに最も敏感になる時期であると言えます。幼児期の吃音は思春期や成人以降の吃音とは異なる多くの特徴があること、また症例数が多いことから世界中で様々な研究がなされており、多くのことが明らかとなっています。まずは現在明らかになっている幼児期の吃音の特徴について整理し、そのようなお子さんに対し専門家がどのように介入するか、また両親をはじめとした周囲の人たちがどのように関わっていくことが望ましいのか、今月と来月にわたって考えていきます。
【幼児期吃音の特徴】
1.発症時期と非吃音児の非流暢性
前述の通り、ほとんどの吃音が2歳から4歳の幼児期に発症し、その割合は95%にのぼるとされています(Yairi 2005)。また、この時期はどのお子さんも言語発達の著しい時期であり言語能力は不安定、さらに発話に必要な運動のコントロール機能も発達途上にあることから、非吃音児の発話にも“語全体の繰り返し” “「えーっと」の挿入” “言い直し”などの非流暢性がみられることが知られています。運動コントロール機能が成人と同様に完成されるのは9歳から11歳ごろであり(Smithら 1997 大橋 1998)、この時期までは成人と同様な発話ができなくても、それは発達上自然なことでもあると言えます。
2.言語発達
幼児期は言語能力(語彙、構文、音韻操作能力、語用能力など)が発達途上にあり、発話の非流暢性が言語習得段階と関連し、2歳から4歳で使用する文構造及び文の長さと密接に関連すると言われています(伊藤 1983,1985,1994)。特に文構造の複雑さと文の長さが非流暢性に影響するとする報告は数多くみられます(Ratner1987、Longman1995,1997、Bernstein1997 など)。また、音韻障害(注1)や構音障害(注2)を併せ持つ子が多いとされ、その割合は吃音児の32-45%であり(Arndt 2001)非吃音児の約2.5倍であるという報告があります(Andrews 1964)。
3.吃音の自覚
幼児期は自身の吃音に対する自覚はあまり進んでいない場合が多く、症状に対する回避行動や工夫、情緒的反応は少ないとされており、一方で非吃音児が他者の非流暢性を意識するのは5歳ごろと言われています(Ruth&Yairi 2001)。また、「音節の繰り返し」に関してメタ言語知識をもつもの(違いに気づく、理由を言語化する)は3から4歳で15-30%、5歳で80%、6歳で100%とされています(伊藤 2001)。
4.自然治癒
自然治癒については様々な見解がありその割合には振れ幅がありますが、治療なしに 少なくとも50%は改善するとされています。自然治癒に影響を与える要員としては家族歴とその人が自然治癒したか否か、性差、他の発達障害の合併の有無、発吃からの長さ、発吃年齢などが考えられます。
以上、幼児期の吃音について整理してみました。初語から語彙がどんどん増加し、単語だけでなく2語文、3語文とどんどん表出の量も質も発達していく幼児期は、吃音児・非吃音児関係なく言語表出が不安定な時期と言えます。実際、非吃音児でも言語発達の過程で吃症状を示す時期がみられることがあります。そのため幼児期の吃症状をその後も持続する吃音の症状なのか、言語発達の過程の一時的なものなのかを鑑別することは専門家にとっても非常に難しいことです。しかし大事なことはどちらの場合についても専門家が介入し、その子をより良い言語環境で育てていくことであると私は考えています。実際、早期介入が有効であるとする研究もあり(Gottwald 1999、Onslow 2001)、 いずれの場合でも適切な介入がその後の言語発達に良い影響を与えるのではないでしょうか。
次回は幼児期の吃音に対するアプローチ方法、また吃音児のご両親について当クリニックにいらっしゃるクライアント様の実際を含めてご紹介したいと思います。今回の記事についてご意見・ご質問等ありましたらクリニック問い合わせよりお願いいたします。
【参考文献】
・エビデンスに基づいた吃音支援入門 菊池良和著 学苑社2012
・北里大学医療衛生学部講義資料 原由紀
・吃音 アドバンスシリーズ コミュニケーション障害の臨床2 協同医書出版2001
・吃音の基礎と臨床 -統合的アプローチ- バリーギター著 長澤泰子監訳 学苑社2007
今月は先月に引き続き幼児期の吃音をテーマに、具体的な治療・指導方法について取り上げていきたいと思います。
1.鑑別診断
幼児期に限らず、また吃音に限らずまず治療に先立って行わなければならないのは【鑑別診断】です。特に幼児期は言語発達の過程にあり言語能力が不安定で、吃音症状も変動性があります。
基本的には臨床場面においてクライアントの発話の様子から吃音の症状が見られるか否かで判断することとなりますが、前述した通り、症状は変動し、臨床場面で症状が現れないことも珍しくありません。したがって、臨床場面での観察だけではなくご両親から見た家庭での発話の様子なども含めて判断する必要があるといえます。
客観的な吃音児の鑑別としては、音や音節の繰り返し、音の引き伸ばし、語の途切れが、100語に対して3%の非流暢性以上を吃音あるいは流暢性に懸念があるとする研究があり、現在国内では改訂吃音検査法が鑑別に用いられることが多いです。
2.指導目標
幼児期の吃音治療の目標として、“自然な流暢性の獲得”“コントロール可能な流暢性の獲得”の2つが挙げられます。自然な流暢性の獲得とは、意識することなく、いつでも流暢な発話が可能であること、コントロール可能な流暢性の獲得とは、流暢な発話ストラテジーを用いることにより
流暢な発話が可能であることをいい、後者は状況によっては症状が残存しますが、随伴症状や苦しいブロックなどの消失を目指します。どちらを目標として設定するかはクライアントごとの重症度や環境等により変わってきますが、どちらにも共通することは「発話に前向き・積極的になること」であると私は考えます。私は中学生以降に吃音治療を受け、今では流暢な発話ストラテジーを用いればある程度流暢に発話することができますが、極度に緊張する場面や苦手とする場面では今でも非流暢性が現れます。しかし、私は人と会話をすることが好きですし、生活上で大きく困ることもありません。でももし幼児期の体験から話すことに対して恐怖心を抱いたり消極的になったりしていたら、いくら発話の流暢性が改善していても良好なコミュニケーションは取れていなかったかもしれないと思います。治療・指導目標はそれぞれの状況なニーズにより変化しますが、良好なコミュニケーション態度の獲得がどの場合にでも共通する目標となるのではないでしょうか。
3.指導方針とアプローチ
幼児期の吃音の指導方針は大きく2つ“発話に対するアプローチ”と“心理面に対するアプローチ”が挙げられます。発話に対するアプローチでは子どもに多くの流暢な発話体験をさせること、心理面に対するアプローチでは吃音や自己に対する否定的感情を持たせないようにすることを目指します。そのための介入方法として今回は【両親へのコミュニケーション環境調整の指導】【子どもへの流暢発話体験の促進】の2つを取り上げます。前者は吃音児本人ではなくその周囲の環境に働きかける間接的介入、後者は吃音児本人に働きかける直接的介入にあたります。
4.環境調整
幼児期の吃音に対する代表的な介入方法が環境調整です。児のコミュニケーション環境、特に両親に対する介入が吃音症状の軽減に大きく影響するとされています。具体的には
①子どもの状態の評価結果のガイダンスと吃音に関する正しい知識のガイダンス
②STの発話モデル提示と両親のコミュニケーション指導
③家庭での様子・症状の変動のきっかけの把握と解説
④両親が自身で改善の手応えを感じる
これが環境調整のおおまかな流れです。この環境調整の最大の目的は【望ましいコミュニケーション環境】を整えることにあります。では吃音児にとって望ましいコミュニケーション環境、そしてそれをを整えるために具体的に必要なことはなんでしょうか。望ましいコミュニケーション環境を一概に言うことは難しいですが、その環境にあって欲しい項目をあげるならば
・受容的であること
・肯定的、褒め上手であること
・ゆっくりとした発話
・遊びを見守る姿勢
・沈黙が許される
・質問が少なく子どもの発話にコメントをする
・短い文、簡単な語彙での会話
などがあります。
ではそのような環境に整えるためにできること、それは⑴時間的プレッシャーを少なくする⑵言語的要求を下げる⑶否定的な態度を避ける⑷環境的要求を下げる ことです。
⑴時間的プレッシャーを少なくする
時間的プレッシャーとは、子どもが自分のペースで話すことを許されず、急いでせかせかと話さなければならない状況下にあることをいいます。このプレッシャーを少なくするためには、
・発話速度を下げ、子どものペースに合わせる
・適度に間をとりながら応答する
・子どもの話の途中で口を挟まない
・競争で話すような発話習慣を避ける
・忙しそうに話を聞くことを避ける
などがあります。兄弟がいる場合には自分の話を聞いてもらうために急いで話さなければと感じてします場合があったり、また家事を忙しくしながら子どもの話を聞いているとどうしても適当な受け答えになってしまう場合があったりします。そのような場合は、兄弟1人1人順番に話を聞いてあげたり、忙しい場合には、別にゆっくりと話を聞いてあげる時間をとることを伝え、時間的余裕がある状況で話を聞いてあげることが有効です。
⑵言語的プレッシャーを減らす
幼児期は言語発達の途中であり、語彙力や表現力などの言語能力には大きな個人差があります。言語学的複雑さは吃音の症状に影響を与える要因でもあり、子どもと会話をするときには
・簡単な言い回し、語彙を使用する
・長い文、複雑な構文を避ける
・質問の数を減らす
・Why,Howなどの難しい質問は避ける
・無理に説明を求めない
などのことに気をつける必要がります。例えば子どもに食べたいものを聞く際に「なに食べたい?」ではなく「◯◯食べる?⬜︎⬜︎食べる?」というように子どもが簡単に答えられるような聞き方にするだけでも子どもにとっての言語的プレッシャーは軽減されます。
⑶否定的な態度は避ける
自分の子どもの話し方に違和感を覚えると、どうしてもその話し方を指摘して注意してしまうかもしれませんが、これは避けなければなりません。子どもの発話に対して否定的な態度をとるとそれが子どもの発話やコミュニケーション態度に悪影響を及ぼす場合があります。
子どもと会話をする際には、例えひどく吃症状が出ていても
・受容的な態度を表現する
・話し方ではなく内容に注目して聞く
・症状が現れた時に心配そうな顔をせず、子どもに内容が伝わったことを、楽な発話でもう一度
繰り返してあげる
ことなどを実践することが大切です。一番身近なコミュニケーション相手である親に、自身の発話を受け入れてもらえないことは子どもにとって大きな傷となり、逆に受け入れてもらえていることを感じられればコミュニケーション態度は良好となり、その後の治療にも良い影響を与えます。
⑷環境的要求を下げる
幼児期の子どもは感受性が高く、吃音の症状も様々な要因の影響を受けます。そのため発話時以外の生活上の負担が子どもの吃症状に何かしらの影響を与える可能性があります。子どもがストレスを感じることなく伸び伸びと過ごせるよう
・時間的にゆとりのある生活リズムを送る
・毎日短時間でもゆっくりと子どもと関わる時間をつくる
・疲労させすぎない
・親類の前で挨拶させるなどを強要しない
・成功体験を増やし、自己肯定感を感じさせる
・感情をオープンに表現できるようにする
などのことを日頃から意識しておくことが重要です。
以上、環境調整の上で必要なことを挙げてきましたが、環境調整はご両親にとって決して簡単なものではなく、負担となることも少なくありません。STは家庭環境を十分に考慮した上で、ご両親と十分に話し合い、お互いが納得した上で子どものための環境を整えていく必要があるのではないでしょうか。
5.流暢発話体験の促進
子どもに直接STが介入する方法として、楽な発話モデルの獲得を目指した流暢発話体験の促進が挙げられます。幼児期の場合、STと子どもとの遊びを通じてSTの発話モデルの自然な模倣を期待し、得られた自然な模倣を強化することで正常な流暢性の発話の習得を目指します。具体的な方法はSTにより異なる場合が多いですが、近年、オーストラリアで盛んに行われている介入方法であるリッカムプログラムが日本国内でも注目されており、実際にいくつかの治療機関で実践されているようです。リッカム・プログラムとは、オーストラリアのシドニー大学のOnslow博士らが開発した吃音がある子どものための治療プログラムで、行動療法に基づいています。これを実践するには講習会に参加しトレーニングを受けることが奨励されているためまだまだ国内の実践されている治療機関、STは少ないですが、国内でも講習会が行われており、今後このリッカムプログラムが盛んに行われるようになるかもしれません。
以上、幼児期の吃音に対する治療・指導について取り上げてきましたが、何より大切なことは子どもの発話に対する自身を持たせ、良好なコミュニケーション態度を育てる事、そしてそのためにはご両親の協力が必要不可欠であるということです。当クリニックにも多くの幼児さんがいらっしゃいますが、お子さんへの直接的な介入はもちろん、ご両親への指導や、通園されている幼稚園、保育園への協力要請等も行っております。介入することで高い治癒率も期待される幼児期ですが、そのためには周囲の協力がなくてはならない、これが成人期以降の治療・介入との大きな違いではないでしょうか。
次回は学童期~思春期の吃音を取り上げたいと思います。
吃音のカミングアウトについて
4月も終わりに差し掛かりますが、4月は新生活の始まりの時期ということで、今回は予定を変更して《吃音のカミングアウト》について考えてみたいと思います。4月は学生の方も社会人の方も新しい環境での生活がスタートすることが多いと思いますが、私は昔からこの時期が1番苦手でした。それはなぜか。様々な場面で自己紹介を求められることが多いからです。自己紹介が得意!という人は珍しいと思いますが、さらに吃音者に限って言えば大半の方が苦手、嫌いなのではないでしょうか。自己紹介は初対面の人たちを相手にするもので、誰もが緊張します。特に吃音者は自分の名前を言うことが苦手というケースが少なくなく、私もその一人です。「名前が出てこなかったらどうしよう」「変な目で見られてしまうかもれない」などなど、自分の順番が回ってくるまでいろいろなことが頭の中をグルグルと駆け回ってしまうという経験を何度もしてきました。そして同時に「自分の吃音をカミングアウトするかどうか」ということを考えることが多かったです。吃音のカミングアウトは、吃音者たちの集まりの中でよく話題となり、私も色々な方の意見を聞いたことがありますが、その考え方は多種多様です。「相手の反応が怖くてできない」
「できれば知られたくないからしない」「したいけど勇気が出ない」などなど、多くの方がカミングアウトをしようかどうか1度は考えたことがあるようですが、なかなか実行できた方は少ないという印象を受けています。
あくまでも私個人の考えですが、私はカミングアウトは進んですべきであると考えています。
こう考える理由は大きく2つあります。1つは、自分の吃音を周囲にカミングアウトすることは自分にとってプラスになることはあってもマイナスになることはないと思うからです。これについて私の体験をお話します。私は小学校、中学校のころはできる限り自分の吃音のことを周りに知られたくないと思っており、自分の吃音について自分から誰かに話をしたことがありませんでした。しかし実際のところ学校生活では、普段の会話だけでなく授業での教科書の音読や発表など、さまざまな場面で話さなければならず、必然的に自分のどもる様子を周りには知られることとなってしまいます。私も特に中学では授業の音読や発表でどもってしまう経験を多くし、自分の話し方をからかわれたりまねされたりといった経験をしてきました。そうして中で高校進学にあたり、自分はこのままでいいのだろうかと考えたことがあり、その時に、どうせどもってしまうのだから周りに隠すことなど不可能で、自分から言ってしまったほうが楽なのではないかという考えにいたりました。そして高校進学後、クラスでの最初の自己紹介のときに、自分には吃音というものがあり、話したり音読したりするときに言葉が引っかかってしまうということを自ら話しました。これが私の始めてのカミングアウトでした。周りの反応はというと、そのことには誰も触れてはこず、普通に話しかけてくれる人ばかりで、私はこのことにとても驚いたことを今でもよく覚えています。その後は授業で音読がある科目の先生には事前に事情は説明し、なかには気を遣って当てないでくれる先生もいたり、普通に当ててくれる先生もいたりでしたが、いざ音読したり発表したりしなければならない場面になったとき、私は「自分がどもることをみんな知っていてくれる」と思えることでとても気が楽になり、その場を避けたいという否定的な感情をあまり覚えなくなりました。この高校時代の経験から私は大学入学後もまず自分の吃音のことを周りの人には説明するようにし、その結果として今に至るまで吃音を隠そうとしていたころと比べ人と話したり発表したりすることに対する抵抗がずいぶん減りました。自分が吃音であることを話したからといってすべての人が「理解」をしてくれるとは限りませんが、少なくとも事情をしってもらえているというだけでも気持ちはずいぶんと楽になるものだと思います。もちろん
今までの私の環境が恵まれていたのかもしれませんが、カミングアウトしてみないことには何も変わらないのではないかと考えています。どうせ知られてしまうのだから先に言ってしまおう、というスタンスで、あまり気負わずに自分の周りの人に話してみることが結果的に自分にとってプラスになることが多いのではないでしょうか。
カミングアウトをすすんですべきと考える2つ目の理由は、吃音者1人1人の周囲へのカミングアウトが、社会全体への吃音の啓発になると思うからです。吃音者が今の社会において生きづらいと感じる大きな理由のひとつに、吃音の社会的認知度の低さがあると思います。よく、初対面の人と話をしてどもったら不審な目で見られた、変な目でみられたという話を聞きますが、
冷静に考えてみると、「世の中には話すときにどもってしまう人がいる」ということを知らない人からすれば、この人はなぜこんな話し方なのだろう?と思うことは自然なことだと思います。
私たちの多くは、普通に社会生活を送っている人のなかには、目が不自由な人がいることや耳が不自由な人がいることを知っているため、外で白杖をついて歩いている人や補聴器を付けている人、筆談を求めてくる人などがいてもそのような人たちのことを不審な目で見たりするようなことはなく、むしろ手助けをすると思います。これは多くの人に知られているからであり、認知度が低い吃音との大きな違いではないでしょうか。吃音のことをわかってもらえない、吃音は認知度が低くて困る、という声を耳にすることは多いですが、社会全体の吃音に対する認知や理解を広げていくことは決して簡単なことではないと思います。それこそ国を挙げて何か政策を行ってもらうだとか、小中学校の道徳の授業に入れてもらうだとか、そのような大規模なことが必要となります。実際そのようなことを実現すべく動いている人たちもいますが、実現したとしてもここ1、2年では難しいでしょう。ではどうするべきか。私は、私たち吃音者自身が社会に対して直接働きかけていくことが一番であると思います。働きかけるといってもなにか大規模な運動をするわけではありません。まずは自分の周りの人に自身の吃音をカミングアウトするのです。吃音者は少なくとも日本全体に人口の約1パーセントはいると言われています。つまり120万人ほどです。その吃音者たちが自分の友人、職場の人などに自身の吃音のことを伝えていけば、
「吃音の存在を知る人」の数はどんどん増えていくのではないでしょうか。私は大学入学後に
この考えに至り、同じ専攻の人たち、サークルの同期・先輩・後輩、アルバイト先の人たちなど、自分とある程度の関わりを持つ人たちには自分の吃音の話をするようにしています。私はこの4月から大学院へ入学しましたが、少人数制の授業では自己紹介をする場面が多く、その都度吃音の話をするようにしていますし、自分の知り合いにも同じようにどもる人がいるが、吃音というものは知らなかった、などといった反応ももらえるようになりました。
吃音のことを他者に話すことはとても勇気がいることだと思います。しかし、その勇気を出して周りに打ち明けることが、自分はもちろん、ほかの多くの吃音者のためにもなるかもしれない、そのことを少しでも知っていただき、もし共感してくださった方がいれば是非行動に移してみて欲しいと思います。カミングアウトしたいけれど、自分が吃音のことをよく知らない、などという方がいらっしゃいましたら、是非一度クリニックまでご連絡ください。お力になれると思います。
次回は学童期・思春期の吃音をテーマに、5月中旬ごろの更新予定です。
吃音コラムも5回目となりました。今回は学齢期(小学生)を中心に、またその後の思春期の吃音について考えていきたいと思います。
現在日本には多くの公立小学校には“ことばの教室”が設置されており、ことばの教室の対象児の約10%が吃音児であるという報告もあります(1997.2001 長澤の調査,特殊教育学会)。一方で、自分のクラスの担任に吃音のことを相談したことがあるという小学生は16%で(小林2003)、自身の吃音に悩みながらも学校側には相談できていないケースが少なくないといえます。
学齢期の吃音の症状は個人差が大きく、自覚の程度も様々であるとされています。吃音の進展段階は第2層から第3層で、症状の変動性が減り、常に症状が現れている状態になります。私自身は小学校低学年のころはどもっていたような記憶はありますがあまり困った経験はなく、一方で高学年になってからはっきりと自覚し悩み始めました。小学校に入学するとそれまでとは生活環境が大きく変わり、友達とのやりとりや授業での音読、発表など吃音に対する自覚と、自身の発話に対するマイナスイメージを抱きやすい時期ではないかと思います。
【学童期の吃音臨床】
では、実際にこの時期の吃音に対してはどのような介入が行われるのかという点ですが、まず医療機関においては幼児期とは異なり、直接発話症状にアプローチをする直接法が多く用いられます。幼児期同様に家庭や学校といった生活環境に対する介入(環境調整)も行われますが、症状が固定化しつつあるこの時期は症状全体を評価した上で言語療法が実施されます。
【評価について】
吃音の検査・評価については現在「吃音検査法」が多くの機関で使用されており、STまたはことばの教室の先生により評価が行われます。評価時には発話症状だけではなく、随伴症状はもちろん、その子どもの生活環境を踏まえて、その子を理解することが重要であるとされています。また、吃音児は他の問題(構音障害、発達障害など)も抱えているケースがあるため、考慮する必要があります。
【訓練について】
前述のとおり、この時期の介入は直説法、つまり言語訓練が行われることが多いです。この直説法には“発話速度のコントロール”“軟起声”“軽い構音器官の接触”などがあり、これらの訓練効果のエビデンスは徐々に増えてきています(Craig et ai.1996,Hancock et al.1998,見上.2011 など)。さらにこの時期は初めて自身の吃音を自覚し始める時期でもあり、子ども自身の吃音に対する疑問を解消すること、また正しい知識を教えてあげることも必要となるかもしれません。私自身は自分がなぜこんな話し方なのか、どうして自分だけなのか、と思い悩んだ時期もありました。そんなときに大人がきちんと説明してくれ、またセルフヘルプグループなどを通して同年代の吃音者と交流することができたら、もう少し前向きになることができていたかもしれません。
この時期の評価、訓練の重要なポイントの1つに、この時期の吃音にはさまざまなタイプが存在するということがあげられます。まず、吃音だけなのか、吃音以外に問題を抱えているのかという2群。そして吃音だけの場合でも『よくどもり、本人は気にしている』『あまりどもらなが本人は気にしている』『よくどもるが本人は気にしていない(周囲は気にしている)』『あまりどもらず、本人も気にしていない(周囲は気にしている)』『あまりどもらず、本人も気にしていない(周囲も気にしていない)』というように、症状・本人の認知・周囲の認知という3つの要因からさまざまな場合が想定されます。症状が重い場合には当然直接的なアプローチが重要になってきますが、症状が軽い一方で本人がひどく気にしている場合には、受け取り方へのアプローチが必要になってくるでしょう。
【教育現場との連携】
学童期及び思春期の吃音を考える上では、吃音児・者が1日の大半の時間を過ごす学校との連携が必要不可欠となります。言語聴覚士が直接教育現場に介入することは日本ではまだ難しいというのが現状のようですが、欧米諸国では多くのSTが教育現場で働いているようです。日本もそのように一日もはやくなって欲しいですが、いまは小学校ではことばの教室の先生方の吃音に対するスキルアップ、また教師の方々への吃音の理解の啓発が現実的に行われるべき、そして行われつつあるSTと教育現場の連携ではないでしょうか。
【中高生の吃音】
最後に中高生の吃音について考えていきたいと思います。このテーマは私自身が将来の研究および臨床の課題にしたいものでもあります。前述のとおり、現在日本では学童についてはことばの教室、就学前のお子さんについては多くの療育機関において吃音児の受け入れが行われています。しかし、小学校を卒業し中学校へ入学するとその受け皿がほとんどなくなってしまう、というのが現状です。成人を対象に訓練を行っている医療機関は数は少ないですが存在します。しかし多くは大学病院であり、中高生が受診をするには多くの場合学校を休んで平日に行かなければなりません。訓練は定期的に行う必要があり、学業や部活、遊びなどに忙しい中高生には厳しい環境にあるといえると思います。ですがこの時期は思春期にあたり、誰もが悩みを抱えたり不安定になったりする時期で、ハンディを抱えた吃音者の場合はなお更だと言えます。私自身も一番吃音に悩み苦しんだのは中学生のころで、同時に吃音の勉強をしていくと決めた時期でもあります。幸いなことに私は高校進学後は環境に恵まれ悩むことはほとんどなくなりましたが、多感な時期である中高生に対する広い受け皿が必要であると思います。症状を軽減するための訓練を行うことももちろん必要ですし吃音者の多くが望むことでもあると思いますが、この思春期という難しい時期にある吃音者には、まず吃音の話を遠慮なくできる相手や場所が必要なのではないでしょうか。
当クリニックをはじめ、今後多くの機関が中高生の吃音者の受け皿となることを切に願ってやみません。
早坂吃音・コミュニケーションオフィス 事務局員
言語聴覚士 矢田康人
第6回目となる今回は『成人期の吃音』についてです。
これまでに幼児期、学童期、思春期と各発達段階・ライフステージごとに吃音の症状と支援についてみてきましたが、今回がその最後となります。
【成人期の吃音の特徴】
成人期はほとんどの場合、進展段階は第3層、4層にあり、主な発話症状である繰り返し、引き伸ばし、ブロックだけでなく、随伴症状や言い換え、逃避行動が目立つようになり、さらに発話以外の問題として、話すことへの恐怖感の増大、心理的不安定さ、就業等の社会生活を送る上での問題など、吃音者が抱える問題は1人1人多種多様なものとなってきます。
成人期の吃音の特性としてBloodsteinは、吃音頻度に影響を及ぼす要因を以下のように挙げています。
・自分の発言に負担を感じる程度
・吃音に対する聞き手の反応、予想される反応
・会話場面における注意転換の量、強さ、その性質
・良い印象を与える必要があるか否か
・暗示
・身体的緊張
・話さなければならないと思ってから、実際に話すまでの時間の長さ
・吃音と結びついたきっかけの有無
このように、吃音者が話をする際の周囲の環境や自身の状態によって症状は影響されるというのは成人期だけのことではありませんが、幼児期~学童期~思春期~成人期と成長していくにつれて直面する状況というのは様々になっていくため、成人期の吃音において上記の要因がもたらす影響は大きいのだと考えられます。
また、成人期の吃音の特徴としてもう1つ特筆すべき点は、発話症状そのもの以外の問題点を多く抱えていることが多い、ということです。前述しましたが、成人期の吃音者は長年の吃音を伴う経験により、話すことへの過剰な恐怖心を抱いていたり、過度なストレスから精神的に不安定であったりするケースが少なくありません。近年では吃音と社交不安障害の関連についての研究や報告もあり、発話そのものだけの問題ではなくなってくるというのが大きな特徴のひとつでしょう。それに伴って、成人吃音者への支援、訓練も、その他の時期のものとは異なるアプローチも多く取り入れられます。
【成人期の吃音に対するアプローチ】
成人期の吃音に対するアプローチは小児に対するものと異なり、発話に直接アプローチする直接法がメインです。その中でも現在多くのSTが行っているものが統合訓練です。
従来の吃音に対する直接的なアプローチは、①発話時の過緊張を軽減させ、リラックスした楽な軽い吃音へと修正を図る②コミュニケーションにおける、否定的態度を軽減・消去する という2点を目的とした吃音緩和法(Stuttering Modification)と、①発話パターンの変更②自発的な、またはコントロールされた流暢性の獲得を目指す という2点を目的とした流暢性形成法(Fluency Shaping)の2つでしたが、現在行われている統合訓練はこの2つを両方とも取り入れたもので、吃音者のコミュニケーション行動と吃音観の変化を目標としています。具体的な訓練内容については回を改めたいと思います。
またこの統合訓練に加えて、場合によってはカウンセリングや弛緩法、マインドフルネス(呼吸法)、認知行動療法なども合わせて行われます。現在成人の吃音の訓練を行っている医療機関は数少ないですが、さらにその中でSTと臨床心理士が協力して訓練を行っているケースはごくわずかで、これらの心理療法的介入もSTの訓練の一環として行われていることが多いです。私個人の意見としてはSTが弛緩法や認知行動療法を行うことには反対なのですが…。もちろん、吃音に関する不安を聞いて助言をする、という内容でのカウンセリングを行うことはSTとして行う業務の一環であると思いますが、それ以外のいわゆる心理療法と呼ばれるものは、きちんと教育と訓練を受けた専門家が行うべきだと思うのです。なので、今後は吃音の専門知識を持った臨床心理士などの専門化が増えていくことを期待しています。
成人期の吃音の訓練の特徴としてもう1つあげられることは、その人が実際に直面している場面を想定した訓練を行うことが多い、ということです。具体的は、たとえば職場で電話をかけることが多いが苦手で困っている、という方の場合は、訓練室で電話を使った練習を行います。私も電話が苦手だったので実際に担当のSTの先生と電話を使って練習したり、少し特殊ですが、臨床実習にむけてSTの先生に患者さん役になって頂き、言語検査を行う練習などもしました。ここで大切なことは、訓練室での流暢な発話を実生活に汎化させる、ということです。訓練を始めたばかりの段階では統合訓練により、流暢な発話方法・スキルの習得を目指します。しかしここで流暢な発話を習得できたとしても、普段の生活でもその通りに話せるとは限りません。スポーツに置き換えても、練習ではバンバンとシュートを決められてもいざ試合となると上手くいかないということがあると思います。言語訓練もスポーツの練習も、試合つまり実生活で上手くいくことを目的に行うわけですから、そのためには訓練で得たスキルをより実践的な環境で発揮できるようなトレーニングを重ねる必要があります。これはその人の年齢や職業、また得意・不得意な内容によって様々な場面が想定されるため。それぞれのニーズに沿った訓練内容を立案し、実施することが重要となります。
私自身はまだほとんど臨床経験が無いために非常に一般的なことしか書くことができませんが、訓練に関心を持っていただけると幸いです。このコラムを読んで実際に訓練を受けてみたい!と思われた方は是非当クリニックへお問い合わせください。
【参考文献】
・エビデンスに基づいた吃音支援入門 菊池良和著 学苑社2012
・北里大学医療衛生学部講義資料
・吃音 アドバンスシリーズ コミュニケーション障害の臨床2 協同医書出版2001
・吃音の基礎と臨床 -統合的アプローチ- バリーギター著 長澤泰子監訳 学苑社2007
吃音コラム⑦⑧-1
7月・8月のテーマは「吃音と障害者手帳」「吃音者の就職活動」を予定していましたが、合併号として「吃音者の就労問題」について考えていきていと思います。
就職活動も佳境を迎えている時期ですが、吃音者にとって就職活動は多くの人が苦難を強いられるライフイベントではないかと思います。一時期の就職氷河期と呼ばれていた頃と比べやや売り手市場になりつつあると言われている昨今の就職活動ですが、何十社と採用試験を受けてもなお内定をもらえずにいるというケースも少なくないと聞きます。このように誰しもが大きなハードルを越えなければならない就職活動ですが、これは吃音者にとってはより一層過酷なものとなることが想像できます。事実、吃音者の自助団体である言友会やうぃーすたプロジェクト等での集まりでは、よく就職活動に関するテーマが取り上げられ、就職活動中の当事者の苦労や、就職活動を控えた学生の不安が多く聞かれます。吃音者にとってなぜ就職活動がより高いハードルとなるのか。それはほとんどの企業が面接試験を科しており、その結果次第で採用の合否が決まっているからです。吃音者にとって採用面接のような誰しもが極度に緊張する場面で話をすることは非常に負荷が高く、普段以上に発話症状が顕著に現れることが予想されます。このこと、つまり吃音であるということが、なぜ、どのように採用に影響を及ぼすのか。この点について「企業側」「吃音者側」の2点から考えてみようと思います。
「企業側からみた吃音者」
採用面接時、吃音者は担当人事、面接官にどのようにみられるのでしょうか。
おそらく、「この人はとても緊張しているのだろうか」「人前で話すことが苦手なのだろうか」などという印象を持つのだと思います。そして「会社で働けるのだろうか」と、採用に際してマイナスのイメージを抱かれることが多いと考えられます。そもそも流暢に話せない人を見たときに「この人は吃音があるんだな」とわかるような面接官はほとんどいないと思われ、「うまく話せない人」という印象で終わってしまうのではないでしょうか。企業側からすれば、数多くの採用希望者の中から少しでも有能な人材を採用したいと考えるでしょうし、その際にうまく話せないことがマイナスになってしまうことは仕方がないのかもしれません。しかし一方で面接官は「うまく話せていない」ことだけを見ているのかというとそんなことはないように思えます。採用面接では「志望動機」
「企業に関する質問」「時事問題について」「学生時代のこと」など様々な質問をされ、それに対する応答から、それぞれの物事の考え方やプレゼン能力、人柄など様々な面を判断しています。私自身は実際に就職活動を行ったことがないので細かなことはわかりませんが、就職活動を行った友人たちの話を聞く限りは、その人の「振る舞い」もそうですが、「話す内容」から多くを判断しているものと思われます。吃音者は話すことに対する苦手意識が強く「言いたいことが言えない」まま面接を終えてしまい、その結果「この人は何も言えない」「何も考えていない」などと判断されてしまっている可能性が考えられます。もちろん、職種によっては「話す事」が非常に重要である場合もあり、その際は話す内容はもちろんですが、話し方や振る舞いも重視されるのかもしれません。
では、実際に面接を受ける吃音者側はどうでしょう。就職活動をされた吃音者の多くから「うまく話せなくて面接に失敗した」「どもったから不採用になってしまった」「どもることを指摘された」など、「吃音」のせいでうまくいかなかったという話が聞かれます。確かにどもってしまうことはハンディにはなるでしょうし、当事者側からしても余計にプレッシャーを感じる要因にはなると思います。しかし、不採用になった場合、それは本当に吃音のせい、なのでしょうか。もちろん、症状が重度であり、通常のコミュニケーションも困難なほどであれば、それが理由で不適切と判断され不採用となるケースがあると思います。ですが、実際に就職活動を行えている吃音者の多くは軽度〜中等度であり、私個人の意見としては、吃音のせいだけで不採用になっているケースは少ないのではないかと思います。吃音者は過去のさまざまな経験から話すことに対し強い不安感や苦手意識、ネガティブなイメージをもっています。その結果極度の緊張から表情が引きつっていたり、声が小さかったり、またどもってしまうことの恐怖から本来言いたかったはずのことが言えなかったりと、吃音の「二次的な影響」により、面接等で不利になってしまっているのではないでしょうか。また、当然ながら吃音者ではなくても就職試験、面接では多くの人が不採用となり、その原因はさまざまです。もしかしたら、吃音者が不採用になっても、その原因は全く吃音とは関係ないかもしれない、ということを忘れてはならないと思います。私もそうでしたが、吃音者は自分に対するネガティブな出来事を吃音と結びつけてしまう傾向があるように思えます。
ただし、当然ながら、吃音が原因で不採用となっている場合もあると思います。この点に関して私は、企業側、少なくとも面接官には吃音というものをわかってもらう必要があると感じています。面接の際、異常にどもっている人を見たら、面接官が不審に感じることは自然なことだと思います。それが極端な場合はどれだけ人間性が素晴らしく、考えもあり、能力も優れている人間でも不採用とされてしまうかもしれません。これは吃音者だけではなく、企業側に不利益なことであると思います。話すことがすべてである職種は少なく、実際はその他の様々な能力が必要とされます。つまり、話すことが苦手であっても、その他のことで普通以上の能力を発揮できる可能性は大いにあり、「うまく話せない」という部分だけでその人を判断し不採用としてしまうことは、企業側にとってももったいないことです。この点を解決するためには社会全体に吃音を知ってもらうことがもちろん大切ですが、これはすぐにできることではありません。しかし少なくとも、面接時に自身に吃音があること、吃音がどのようなものであるかをきちんと伝えれば、自分の本来の能力を適切に見てもらうことができ、同時に企業側も有益な人材を確保する機会が増えることになると思います。当然面接時に自信の吃音にことを説明することは大きな負担になり、簡単なことではありません。しかし、言語聴覚士などの専門家の支援も受け、適切な準備を行えば、吃音に大きく影響されることなく就職活動を行うことが可能になるのではないでしょうか。もちろん、吃音の重症度によってこれは難しい場合もありますし、前述したように、企業によっては話す能力が重視され、非吃音者のように評価してもらうことが難しいことがあると思います。ですが、「吃音があるから就職できない」と短絡的に考えるべきではないと思います。
では、吃音者がより実力を発揮し就職活動を全うできるよう、言語聴覚士は何ができるのか、何をすべきなのか。また、適切な支援を受けても就職が困難なケースはどうするべきか。この点について次回考えていきたいと思います。
次回はお盆明け、8月17日に掲載予定です。
矢田康人
前回は就職活動において「吃音」が及ぼす影響について、「企業」「吃音者」それぞれの立場から考えてみました。どちらにとっても不利益を及ぼしているというのは明確ですが、ではそれをどのように改善していくことができるのでしょうか。今回は「ST」の立場から「企業」「吃音者」のそれぞれにどのような働きかけができるのかを考えてみたいと思います。
《STから吃音者へ》
STが就職活動を控えた吃音者へできることは何でしょうか。これは直接的な介入が可能であると思います。就職活動で苦難に直面している吃音者の多くは面接で失敗してしまうことへの恐怖、また失敗による自身の喪失などの問題を抱えています。そんな彼らにSTができる直接的介入は多岐に渡ると思います。その中でもまずは症状の軽減を目的とした言語訓練が挙げられます。効果の程度は個人差があり、症状を完全に消し去ることは現状では極めて困難です。しかし、面接時に最も困るであろうブロックの症状や随伴症状を軽減することは可能です。また、吃音に限らず言語訓練は個々の努力が必要であり、訓練に対する意欲、モチベーションは訓練効果に大きく影響します。就職活動に向けて少しでも症状を改善したい!という強い意志は言語訓練の効果を高めるモチベーションとしてはとても大きく、訓練を開始するのには適した時期であるとも言えます。また、面接時に必ず行われる自己紹介は吃音者の多くが最も苦手とする場面ですが、特定の場面を想定した訓練は可能であり、効果もあるとされています。
また、すでに就職活動で吃音のために失敗をした経験があり、面接に対する恐怖が強い場合には、言語療法と合わせて認知行動療法を行うことも有効であると思われます。吃音の言語訓練の効果は訓練室と日常場面では乖離があることがほとんどで、訓練室での流暢な発話を日常に汎化させることが非常に重要です。普段訓練を担当しているST以外の人に協力してもらい、より実際の面接場面に近い状況で練習を積むことで訓練効果を汎化させる効果も期待され、またその中で面接に対する恐怖心も軽減することが可能なのではないでしょうか。
状況は異なりますが、私は学部生時代に付属病院でSTの訓練を受けていました。その際は日常の発話に対する訓練というよりも、4年時に行われる臨床実習に向けての訓練を行ってもらいました。臨床実習では実際に患者様に対して言語検査を行ったり、訓練を行う必要があります。検査では標準化されたマニュアルに従って教示をする必要があり、これが吃音者である私には非常に困難なものでした。ですので、訓練では実際の検査キットを用いてSTの先生に患者様の役をしてもらい、教示を出して検査を行う練習をしました。その甲斐あって臨床実習ではなんとか検査や訓練を行うことができ、今でもその成果は私自身の大きな自信となっています。また、私は飽きっぽい性格なのですが、臨床実習という何としてもクリアしなければならない目標があることで訓練のモチベーションを維持することができ、結果的には日常での発話の流暢性全般を向上させることができました。この私自身の経験からも、就職活動に向けた言語訓練を行うことは非常に有効であると考えています。
《STから企業へ》
では、STは企業に対してはどのような働きかけができるのでしょうか。これは非常に難しいことです。すでに吃音者が就職している企業に対し、その吃音者への配慮・理解を求めることは可能だと思います。しかし、現時点で吃音者を採用していない企業に対し、吃音への配慮・理解を求めることは、ST1人でどうこうできる問題ではないと言えます。ではSTはなにができるか。まずは多くのSTが吃音への関わりを持ち、社会全体への啓蒙を積極的に進めていくこと、また、企業研修として吃音だけではなく、近年注目されている、大人になってから気づく発達障害等への啓発活動を行うことで吃音への理解を求めていくことなどが挙げられます。このためには、STが病院などの医療機関だけではなく、より幅広く社会と関わっていく必要が出てきます。日本ではSTの認知度がまだまだ低く、同時に「見えない障害」である言語障害の認知、理解は他の先進国と比べ遅れています。企業側への個別の理解を求める、というよりも長期的なスパンで社会全体への啓蒙を進めていくことが、就職活動に困る吃音者への支援にも間接的につながるのではないでしょうか。
個別の対応は当事者への直接的介入で対応できることが多く、STがきちんとニーズを把握した上で適切な訓練を行えば問題の多くを解決できるはずです。そのためにも吃音臨床を行うSTが増えること、また医療機関に相談すれば対応してもらえる、という認識が吃音者のも広がることが必要なのではないかと思います。